遠くで踊ったままの猫(昔、宇宙に行きたかったから)

割り箸で作った猫のお墓のことをみんな忘れていたから冗談が本当になっても仕方がない。猫又は夜に寝ない子を食べに来るけれど昼間は飼い猫のふりをして家の中にいることにみーちゃんっていう名前がついている。みーちゃんは「寝ていない子どもを食い殺す」ことになっていて僕はたまたま死ななかった誰でもいつか死ぬのに。猫という形をしている必要がよく分からなかったみーちゃんの猫のかたちは僕や僕の家族にだけ与えられていて外の人にはお化けやワニであり得たかもしれないしきっとそうだったんだろう。ねないこだ〜れだ!

大人になったら猫又に食べられなくてよくなるから祖母は寝ている間に魔女の集会に行かなきゃいけなかったし母さんは宇宙人と交信していた。本当のことはひどく子どもの世界から隠されていて僕は早く大人にならなきゃいけない。「いつかポストに魔法使いの集会への招待状が届くんだよ」と祖母が言ったのを友達に話したら「それにんちしょうじゃない?」と言われてびっくりしすぎた僕はその場でたくさんの宇宙船が口から溢れた。吐瀉物をみんな避けて教室の端の方に逃げる、それに引っ張られて僕とみんなの間に裂けてできた空間が宇宙になってその間を宇宙船が散らばっていく。だから発射された宇宙飛行士がこの僕たちと同程度に発展した文明を持つ別の宇宙人に出会って、友達になって、お土産を持ったままちゃんと僕にまで帰ってくる途方もなく小さな確率のことを考慮しながらこれから生きていこう。その異星から送られた信号電波を忘れないで読み取るためのアンテナを僕の頭の中に作ろう。そう思ったから僕はアンテナの材料を食べるようになった、パチンコ玉を鼻の穴に入れて取れなくなったり喉薬のシロップを一気飲みして病院で吐かされた。病院に宇宙は少なくて薬の香りと白い壁だけがあった。10円玉を口に入れて銅が苦い。それでまた気持ち悪い。おぇ〜。嘔吐が星間通信の方法になるなら宇宙は私の食べたもので、何も食べないと誰だって死ぬからそんなこと当たり前だった。"You are what you eat"ってちゃんと家庭科の教科書に書いていた。そうやってだんだん頭の中にアンテナを作って、いつか飛んでいった宇宙船が帰ってくるのを待つことしか僕にはできないと思った。まだ子どもだった。

みーちゃんは僕の知らない時、知らない場所で車に轢かれて死んだのだと僕は祖母から聞いた。ろくに人を食い殺すこともなくただ死んだみーちゃんのことを僕はひどくかわいそうな魂だと思った。それとも本当に僕を食べそうになって、それを避けるために自分から死んだのかも知れないと思った。死ぬ前にみーちゃんが僕を食べなかったことがずっと不思議だった。僕を食べればお互いにもっと長生きできるはずだったのにそうしなかった。僕が寝ている間に僕がみーちゃんの宇宙になっていたら物事の約束は曖昧でおかしいやつに入れ替えてあげる。捻れた人差し指が公園になった手話でみんなをくすぐってあげる。遊び方を教えてあげる。毎日好みの形に星座を組み替えて、編んだ網目が隕石を絡め取るから柔らかくなるまで茹でて今日の夕飯にしよう。隕石漁の漁獲量規制が厳しくなってコンビニのパックが5個入りから4個入りになるのをみんなで寂しがろう。冬にはマフラーも編んで、その時期ちょうど誕生日の友達にプレゼントしてあげよう。青白い星は表面温度が高いからそれにしてあげる、夜に歩いたらイルミネーションが動いてるみたいだね。そうやって祝福してあげるね。そしてその世界の子どものいない家の中でみーちゃんは一つ分の宇宙を背負ったただの飼い猫になってもう誰も殺さなくて済む。祝福してあげるね。でもそうしなかった。生きてただの猫になるんじゃなくて猫又の幽霊になったまま、いつか夜中に僕のことを食い殺すのだと思っていた。けれどみーちゃんがいなくなってから僕は猫又を見たことがない。僕がどれだけ眠らなくてもどの猫又も襲ってこない。それとも、みーちゃんは僕が不味いから口に入れてすぐ吐き出したかもしれない。そうしたらこの僕はみーちゃんが送り出した宇宙飛行士で、死んだ猫に向けて異星のお土産を持ち帰るために現世に送られたのかもしれない。みーちゃんはうまくアンテナを作るんだろうか。そのために雲や無くなっても目立たない星くらいなら食べてしまっているのかもしれない。大きな星は食べないと思う。だってみーちゃんは賢い猫で、寝ている僕のそばに子守りのようにじっと寝そべって背中を撫でていたくらいだった。それでよく眠れたからみーちゃんは僕を食べなくて済んだ、ほんとうにやさしい猫だった。あのアンテナに僕の声は届くのかな。じゃあ試しに今から一回ここで叫んでみますね。

おぇ〜。

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祖母にあげた人形に心ちゃんという名前がついて、みーちゃんが死んだ時と同じように電話口で祖母から心ちゃんが僕の妹になったことを聞いた。その日の僕を別の日の僕が祝福してあげるね。おめでとう。ほんとうにおめでとう。